4月終了講座


〇さあ、開こう!「歌の扉」   
 4月8日(水)14:00〜15:30

講師の北後理恵さんは、おしゃべりも楽しいので人気で遠くからも
通って来られます。
今回は、滝廉太郎の「花」や、童謡唱歌の「春の小川」「春の唄」
など春を感じる歌や、アンケートより7曲を入れて計10曲を教えて
頂きました。 
「花」は、皆さん、下のパートもよくご存知で1回目からきれいな
二重唱で歌えていました。 
難しいリズムも先生のアドバイスでリズムをとりながらだんだん
上手に歌えるようになりました。 
最後の歌は、みんな起立して歌って終了となりました。 
楽譜は著作権の関係で持ち帰りできないのですが、題名だけでも
覚えて帰りたいとの声もあるので、次回からメモ用紙を置いといて
休憩時間にでもメモってもらえばいいかな、と思います。 
参加者60名でした。

  



○朝の切り抜きカフェ    
4月9日(木)10:30〜11:30

コーヒーを飲みながら、気軽にトークを楽しむ1時間です。 
★朝日新聞、天声人語より 
 →イランの革命防衛隊が12歳以上を対象に「志願兵」を募っている。
年端のゆかぬ子供まで駆り出して徹底抗戦しようということなのか
★2016年に第一回西山田地区防災委員会が開催されて以降全然
開催されていないので心配
★「食べ物通信社」出版の書籍「知っておきたい身近な電磁波被ばく」
5Gで増大するリスク
 →男性はズボンのポケットにスマホを入れているだけで精子異常が
起きうる
★人口減少問題 
 →日本で一番長い名前の学校
「高知県宿毛市愛媛県南宇和郡愛南町篠山小中学校組合立率篠山小・中学校」
 校区が高知、愛媛両県にまたがる。
 4月に休校となり、来春には廃校となる。
★75歳男性の悩み 
 →最近誤嚥することが多くなりとても苦しい時がある
★後期高齢になると介護保険料などどうなるのか
★LED(発光ダイオード)とLD(レーザーダイオード)の違い
★敦賀ムゼウム(資料館)を訪れた
 →数々の困難を乗り越えて敦賀に降り立ったポーランド孤児と
 ユダヤ難民の史実を紹介、「命の大切さ」と「平和の尊さ」を発信している

以上のような話題で、いろいろ勉強になりました。 
参加者9名でした。





〇ほんのひろば 共催:山田駅前図書館山田分室

4月11日(土)14:00〜16:00
(参加者:保護者8人、子供12人)

@図書館からの本の紹介
「鳥」をテーマに選んだ本をたくさん紹介していただきました。
子ども達も興味津々でした。

Aハンドベル 「ディンドン」
「ディンドンさん」のハンドベルです。
最初のディンドンの皆さんの演奏の後、子どもたちのハンドベル
体験が始まりました。すすんでやりたい子、ちょっと恥ずかしい子
いろいろな子がいましたが、「かえるの歌」をみんなで演奏することが出来ました。

B工作
「パタパタことり」を作りました。
ストローを動かすと、羽がパタパタ羽ばたく工作でした。
鳥の各パーツを切って、貼って…。
子どもたちが自分で作った羽が初めて動く瞬間、とてもいい顔に
なったのが印象的でした。


     




〇井戸端倶楽部 共催:西山田地区福祉委員会

★日 時:4月9日(木)13:30〜15:00
 参加者:15名
 スタッフ:13名(ピアノ1名・トライアングル2名含)合計28名                                           

 午後1時30分〜体操
 午後1時40分〜 
  ピアノ伴奏で「春の小川」「花かげ」「夢路より」「東京ラプソディー」
  ハーモニカ 伴奏で「お山の杉の子」「とんび」「丘を越えて」を歌った。              
 午後2時00分〜今回は普段お話をしていない人とも話をしようと、
受付の時座席番号の抽選を行ったが、姉妹が同じテーブルだったり、
二人の男性参加者も同じ班だった。
お茶とお菓子をいただきながら5班に分かれ自己紹介を行った。
1班5人程度で出身地や家族のこと、趣味などについて自己紹介をした。
 午後2時50分 三々五々解散となった。

★日 時:4月23日(木)13:30〜15:00
参加者:11名
スタッフ:15名 合計26名 
前日よりもぐっと気温が下がり、さらに雨で足元が悪い中だった
ので、いつもより参加者の方少なめでした。
椅子に座っての体操からスタート
ウクレレに合わせて4曲歌いました。
※井戸端倶楽部のテーマソング
※茶摘み(手遊びとともに)
※憧れのハワイ航路
※夏の思い出
続けて、ハーモニカに合わせて2曲歌いました。
※鯉のぼり
※白い花の咲く頃

お茶休憩のあと、カードゲームやトランプをして盛り上がりました。

     




〇考古学から見た「吹田の歴史」
 4月19日(日)14:00〜15:30
3回講座の、1回目です。参加者28名。
吹田市立博物館、学芸員の竹原千佳誉さんに来ていただき、
今回は銅鐸についてお話していただきました。

1.銅鐸の基礎知識
 銅鐸の各部分の名称
 鈕の移り変わり
 銅鐸の文様などを絵を用いて解説をしていただきました。
銅鐸の見つかる場所は、遺跡の調査中より、山腹や丘陵斜面が多いそうです。
銅鐸は鐘、鳴らすものでルーツは遊牧民のベルだったのではないかと
言うことでした。
鳴らし方は、銅鐸の鰭を持ち揺らすと、中の舌が揺れて音が鳴り、
外側を叩いたりするものではないそうです。
2.山田銅鐸について
 山田銅鐸は今の、万博記念競技場付近で見つかったそうです。
 灌漑用溜池の開鑿工事中に出土と伝わる。
 八丁池より谷東側斜面の出土だとわかったそうです。
3.山田銅鐸を観察
 山田銅鐸は三対耳四区袈裟襷文
 銅鐸にはA面、B面があり、文様が両面違うそうで文様の残りが
 いい方がA面になります。
4.東奈良遺跡と山田銅鐸
 東奈良遺跡は茨木市東奈良にあり、青銅器生産の地だそうです。
 出土遺物は鋳造関連遺物で、石製の銅鐸鋳型や土製の銅戈鋳型、
 送風管などが見つかっているようです。
 山田銅鐸と東奈良1号銅鐸鋳型復元の比較から、特徴が類似して
 おり、東奈良遺跡で作られた可能性が高く、製造地と埋蔵地が
 1番近いのが、山田銅鐸だそうです。
5.銅鐸の世界をのぞいてみよう
 絵画を中心にお話をしていただきました。
 神話、農耕のマツリを写し取ったものがあります。
 例えば、狩りをする人と狩られた鹿、サギと亀などの絵が描かれて
 います。などから、祭祀の時に使っていたのではないかと考えら
 れるそうです。

最後にまとめとして、銅鐸から文化圏の広がり、高度な技術とその継承がわかる。
なぜ銅鐸が作られて、銅鐸を使った祭祀が終焉を迎えたかなど、
まだまだ「謎おおき祭器」とおっしゃってました。

参加された方々は、とても熱心にお話を聞かれており、最後には
質問もされてました。あっというまの1時間半でした。
来月は、博物館での講座です。
みなさんお待ちしております。






〇そこの自転車あぶない
 4月20日(月)13:00〜14:00
 参加者34名
吹田警察署交通課交通総務係の西田さんに来ていただき話をして
いただきました。
青切符制度が開始されましたが、変わったのは、赤切符から青切符に
変わっただけで、交通ルールではなく、交通課の手続きが変わったの
だそうです。
以前は、違反をしたら、赤切符を切られ、出頭、判決、罰金の手続き
をするのから、青切符は現場で切られ振込用紙を渡されて反則金を
支払う、と手続きが簡易になっただけだそうです。

大阪の交通マナーの意識は全国の底辺を争っており、その大阪府下
で、吹田市はワースト5位。
人口が多くて規模が大きいため致し方ないところもあるそうですが…
交通事故を減らすには意識を変えていくことが必要。

自転車の違反の取り締まりで多いのは、
1位 信号無視 2位 一時不停止でほとんどがこの2つだそうです。
しかし、違反したからすぐ青切符を切られるわけではなく、注意して
それでも従わないとかの場合だそうです。
ただ踏切の一時不停止は即青切符になるそうです。
お話を聞いたあと、自転車安全利用五則のDVDを見ました。
みなさん熱心にお話を聞いておられ、講座に来ていただいた方の
交通マナーの意識は上がったと思います。

  




〇日本語教室「西山田あいうえお」
水曜コース:4月15日、22日 10:30〜12:00
土曜コース:4月18日、25日 14:00〜15:30
桜の花はあっという間に散り、新緑がまぶしい日々となりました。
4月からは学習者さんとボランティアの組み合わせが変わり、
新たな気持ちで日本語を学ぶことになります。
お互いちょっと緊張しながら勉強している時間です。
これから1年楽しんで会話を続けていけるように頑張りたいと思います。

 



〇第346回クラッシック・セミナー「土曜の午後の名曲喫茶」
 4月25日(土)14:00〜16:30  
『ファリャ生誕150年を記念して』
講師:高橋一秀先生 由井さん
参加:22名+スタッフ3名
T スペイン民謡組曲
U 交響的印象「スペインの庭の夜」
V バレエ音楽「恋は魔術師」
W バレエ音楽「三角帽子」
今回はファリャのバレエ音楽を中心に勉強しました。
幼少時から音楽的才能を発揮してフラメンコの力強さを兼ね備えた
作曲家だそうです。
本来ならばバレエの映像を見ながら聞くのがいいのですが映像が
ないらしく先生があらすじを書いてくださり想像を膨らまして聞きました。
最近は常連の方だけではなくいろいろな方が参加されて、先生の
トークもさえわたっています。
先生の曲にまつわるエピソードを聞くだけでも楽しいセミナーだと思います。
次回は5月23日「モーツアルトの協奏曲に乾杯」です。

  




〇モダン金継ぎ「グルー継ぎ」を体験しよう 
 4月22日(水)10:30〜12:00
講師:西田喜代美さん (JGA日本グルーデコR認定講師)
参加:15名

 一般に金継ぎというのは、割れたり欠けたりした陶磁器をうるしと
金粉を使って補修し、新しい景色をもった器として蘇らせる技術
ですが、接着剤を使って短時間で補修するのがグルー継ぎです。
 使用するのは「ダブルグルー」というエポキシ系樹脂で2剤を混合
して使うものです。食品衛生法にも適合した材料で、24時間で完全に
硬化し、硬化後は食洗機や電子レンジでの温め程度には使用できると
いうものです。
 器は各自持参ということで、思い入れのあるマグカップや茶道具
などを持ってこられた人もいました。
 今回は器の欠けを直す体験ということで、粘土状に練った金色の
グルーを欠けた部分にへらで圧着し、シリコンチップを使って器と
一体化するよう整形します。時間とともにグルーの状態が変わって
いくので、素早く丁寧に仕上げるにはコツがいるようでした。
仕上げのチェックは一人ずつ先生がして下さり、小さな欠けが埋め
られただけでも器が違った表情をもって生まれ変わったようで、
とても喜ばれていました。
継いだところは硬化するのに2時間くらいかかるということで、
触らないよう細心の注意を払って持ち帰ってもらいました。

      



 

〇漢字から読み解く萬葉集
 4月25日(土)10:30〜12:00
 参加者:24名
第13弾、3回講座の第二回です。
今回は春の歌2首と前回質問があった「男(ヲノコ)」の漢字を含む歌を
選んで戴きました。


山振之  咲有野邊乃  都保須美礼 此春之雨尓   盛奈里鷄利
やまぶきの さきたるのへの/つほすみれ このはるのあめに/さかりなりけり

山吹の咲いている野辺のつぼすみれが、この春の雨に盛りであるよ。

 高田女王(卷8、1444)卷8「春の雑歌」に所収。
春の雨がしとしとと降る中、黄金色のヤマブキの花に誘われて野辺に
やってきたが、近付いて見るとヤマブキだけではなく淡い紫色の
可憐なツボスミレの群生が春雨の中に浮かび上がってきた。
そのスミレの淡い紫とヤマブキの黄金色のコントラストが、春の雨の
優しいベールに包まれて得も言われぬ一服の絵画のように目の前に
広がっているよ。といま気付いたその詠嘆の気持ちを表している。
 やまぶき:熟字訓字は「款冬」中国ではフキの意だが日本に来て
      ヤマブキの意に。借訓
    字では「山吹」「山振」などと表記。
    「振」は古くはフクとも読み「振り動かす」の意に用いられた。
 つほすみれ:万葉仮名表記の「保」ホは清音。
       奈良時代には壺をツホ又はツフと発音したらしい。
       すみれ科の分類中に壺菫があるが、萬葉集ではすみれ
       の花の総称と解した方が良い。

礒之於尓  生流馬醉木乎  手折目杼  令視倍吉君之  在常不言尓  
いそのうへに おふるあしびを/たをらめど みすべききみが/ありといはなくに 
 
岩のほとりに生えている馬酔木を手折ろうとしてみるけれど、
見せるはずの弟の君がこの世にいるとは誰も言ってくれないじゃないの。

 大来皇女(巻2、166)卷2「挽歌の部」に2首ずつ二組並んでいる、
後の方の2首。題詞
大津皇子の屍を葛城の二上山に移し葬りし時に、大来皇女の哀傷して
作りたまひし歌二首

 うつそみの人なる吾や明日よりは二上山を弟と吾が見む (卷2、165)
 磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言はなくに(本歌)

 1首目は、現世の人である私よ。明日からは二上山を弟として見て
ゆきましょう。と、これからも生き続ける私が弟の死を受け入れて
その亡骸が眠る二上山を明日からは弟として見守ろうというキ要石が
表出した歌。
2首目の本歌は、大津が好きだった馬酔木の花を岩陰に見つけて、
それを手折って弟に捧げたいという衝動にかられても、大津はまだ
生きているよと誰も言ってくれないのでそれさえもできない。
(古代には死者に出会ったよと言って遺族を慰める習慣があった。
しかし大津に出会ったよとは誰も言ってくれない。
それは大津が世間を憚る大逆の罪人だったからで、人々は関わりを
避けたのであろう)
それならば明日からは自分一人が二上山を弟と思って見て行こう。
と第1首に戻る。大来の底知れぬ孤愁を詠った絶唱の2首。
セットで読み解いた方が良い。

 うへ:表に現れた部分で通常「上」「表」と表記。隠れた部分「した」
    の対義語。「うへ」のへは乙類で、前歌の「のへ」のへは
    甲類。「〜のあたり」の意味は同じでも別系統
あしび:馬醉木の醉は酔の旧字体(康熙字典体)。
    卒(正字)卆(異体字)衣+十(篆文を楷書化) 
    粋−粹(スイ/いき)
    悴−忰(スイ/やつれる)
    翠−翆(スイ/みどり)
    砕−碎(サイ/くだく)
    倅−伜(サイ/せがれ)など。(いずれも左が通用字体)
いはなくに:ク語法とアク説。
    アクという名詞があったと仮定して、その上に連体形が
    付き母音転換によってこの形になったという説。
    「言ハ+ヌ(連体形)+アク→言ハナク」で「言わないこと」と
    なる。 
【ナクニの二について】
 文法的に難しくどの本も説明を避けている。
 一般的には「…のに」と悔恨・不満の気持ちを含んだ軽い逆接の意で
解釈できるが、この歌は第三句に逆接の「杼」があるので「手折ろうと
してみるけれど、…誰も言わないから、手折っても仕方がないじゃ
ないの」という意味になり、その場合二は順接となる。
順接の接続助詞は体言には接続しないという事情から、ここでは
「動作状態の原因・由来・動機などを表す」格助詞とする解釈方法の
一つとして考える。

  
 千萬乃  軍奈利友  言擧不爲   取而可來    男常曾念
ちよろづの いくさなりとも/ことあげせず とりてきぬべき/をのことそおもふ

たとえ千万の軍勢であっても、あれこれと言わずに討ち取って
来てしまう武人であると、(私は)思っています。

 高橋連蟲麿(巻6、972)藤原不比等の3男の宇合(うまかい)が
西海道節度使に任じられ、

その送別の宴で部下である蟲麿が詠んだ歌。
長歌一首、短歌一首からなる。長歌では、秋の山路を踏み越えて
筑紫国へ赴き、国の隅々までよく兵を配置し、国の様をご覧になって
春になったらお戻りください、ツツジの咲き匂う頃、サクラの咲く
頃にお迎えに参りましょう。と詠って宇合が来春には戻って来られる
と予想し、短歌(本歌)では、どんなに敵が多くてもあれこれ言わずに
討ち取ってしまう勇敢な武人であると思っています。と宇合を持ち
上げ鼓舞している。宇合の詠んだ漢詩(五言絶句)からは筑紫への
赴任を倦厭していたことがわかるが、それでもこうして言葉にして
言えば叶えられるという「言霊」の信念が蟲麿にあったのだろう。
蟲麿は誠実に宇合の出発を讃え、さらに気持ちを汲み取って早く
お帰り下さいと「言霊」に祈っている。

【男はヲトコかヲノコか】
 原文の5句目に「男」の漢字があり、賀茂真淵はヲトコ、
 契沖はヲノコと訓みこちらが現在通用している。
 どう違うのでしょうか。
 ヲトコ⇔ヲトメ ヲトは「変若」と表記し若返るの意。
 コは男、メは女の意。年若く血気盛んな男女を指す。
 ヲノコ⇔メノコ ヲは男、コは子供(男ノ子⇔女ノ子)の意で、
 ヲノコは多くは軍卒(下級兵士)・侍臣・下男などを指し、ヲトコ
 より格下の男性に用いられた。
 ただ上代では絶対的ではなく、本歌では壮士(勇敢な武人・豪傑)
 の意とするのが適切。
 ヲグナ⇔ヲミナ ヲトコの対にヲミナが用いられる例がある。
 ヲミナのヲは「小」、ミは女性を示す語、ナは人を呼ぶ語について
 親愛に意を表す接尾語「小・女・ナ」でやはり若い女を表した。
 一方でヲミナの対はヲグナ「小・男・ナ」とも言われる。
 ヲグナ、ヲミナは本来、童男、童女の意味でヲトメとの間に
 年齢差がなかったのでヲトコの対に用いられるようになったと
 考えられる。
 オキナ⇔オミナ 似た音のオはオホ「大」の意のオかと考えられ、
 オキナは「大・男・ナ」で翁・老父・老公と表記し、オミナは
 「大・女・ナ」で嫗・老女と表記

 今回も萬葉集の新しい歌の中の一字一字の漢字、読み、意味、
情景、歴史背景に触れながら楽しい時間を過ごした講座でした。
次はどんな歌と漢字が読み解かれるでしょう?
 次回は5月23日(土)です。