〇カッコいい!写真の撮り方を学ぼう(2回連続講座)
5月10日(日)10:00〜12:00 参加:26名
講師:賀地 俊行さん(グラフィックデザイナー兼カメラマン)
アシスタント賀地さん(奥様)
プロのカメラマンの賀地さんからカッコいい写真の撮り方について
教わる貴重な時間となりました。
10の知識より100のシャッター回数という事で
@被写体を見つけ、被写体を1番に考える
A光の入射角を考える(被写体の陰影で判断)
B自身のポジショニング(撮影位置)を考える
Cしゃがんでみる
D背伸びしてみる アプローチの仕方
E前後左右に動いてみる
F他の撮影者と被っていないか
Gシャッター優先モード、F値優先モード、M(マニュアル)、
ISO感度そして補正が必要か各モードを決定する、
そのほか先生の撮られた写真を見ながら具体的に技術的な事や
その時の様子など教えてもらいました。
特に大事なことは「心で撮る」という事で自分がとりたいと思って
撮ったものは自信をもってほしい。
必ずいい写真はあるという事でした。
中には自分の撮った写真に自信がなく講義の終わった後に先生に
見てもらい
アドバイスをもらい自信が持てましたと言って喜んで帰られた方もいました。
先生からスマホでも必ずいい写真は撮れると何度も言っていただき、
皆さん自信が持てたのではないかと思います。
今回は2回連続講座の1回目で2回目は6月14日10:00〜
実際に写真を撮って勉強する予定です。
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〇ほんのひろば 共催:山田駅前図書館山田分室
5月9日(土)14:00〜16:00
「子どもと本のまつり」ということで、図書館からたくさんの本を
持ってきてくださいました。
まずは「べんけいが〜」の手遊びからスタートしました。
半分見て何か当てる本を1冊読んでいただき、指を使った遊び、
続いてとても大きなあおむしの本を読んでいただきました。
パネルシアターもあり、かっぱが出てくるお話の大きな大きな紙芝居
もありました。大きくてとても迫力があり、みんな食い入るように
見ていました。
工作はおしゃれな紙皿を使ったお花の壁掛けです。
毛糸でお花を作るところ、下準備で紙皿に穴を開けてもらっていた
ので、すいすい通して進めることができました。
茎や葉の部分も切って貼り付け、後は自由に絵を描いていきます。
高学年はイラストのデザインも凝っていて、完成度も高くさすがでした。
小さいお子さんもそれぞれ個性あふれる作品に仕上がり、とても
可愛かったです。参加 子ども12名、大人8名
次回は6/13(土)です。
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〇さあ開こう!歌の扉
5月13日(水)14:00〜15:30
始まる前に雷やにわか雨があり、蒸し暑い日でしたが多くの方が来て
くださいました。
講師は北後理恵さんです。
アンケートより選んだ8曲を含めた10曲を教えて頂きました。
1949年に作曲された「さくら貝の歌」は、メゾフォルテや
メゾピアノなどの強弱記号が付けられているので、それを参考に
歌うとよりレベルアップしました。
「野ばら」は、有名なウェルナー作曲のとシューベルト作曲の2曲を
歌いました。
来月には、また「歌いたい歌」のアンケートを取る予定です。
数名の方が、帰り際「先生、今日も楽しかったです。
ありがとうございました〜」と、先生に声かけされてました。
参加者66名でした。
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〇朝の切り抜きカフェ
5月14日(木)10:30〜11:30
今回初めて参加された方も資料を持って来られ、今回もコーヒーを
のみながら、いろんな話題が飛び交う1時間になりました。
★ 大阪市の小中学校で 「学校安心ルール」が活用されてから
いじめや暴力が激減し、学力もアップした。「学校安心ルール」は、
あらかじめルールを明示することにより、子供たちがしてはいけない
事を自覚したうえで、自らを律することができるよう促すことを
目的として作成したもの
★ 憲法9条問題 → 何がどのように変わるのか
★ 前々吹田市長の坂口善雄さんが北千里で開催した
「非核・平和、厭戦・護憲の対話集会」
戦後80年、戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認の憲法の下世界
で唯一の被爆国として不戦の国を誇ってきたが近年本当に雲行き
がおかしくなってきているようにおもう
★ 美輪明宏著の「幸せの大判振る舞い」の中の
幸田文(幸田露伴の娘)との対談の話題
★ 人生に行き詰まった時に読むと救われた気持ちになる本
→ 青山美智子著の「お探しものは図書館で」の紹介
★ 原発に頼っている日本でデータセンターがたくさん誘致される
のはなぜか
★ 5月3日、扇町公園で開催された集会
「輝け憲法!平和といのちと人権を」に参加し、
元文部科学省事務次官の前川喜平さんの憲法にかかわるスピーチ
を聞いた
5月3日が憲法記念日だったこともあり、憲法9条についての議論で
盛り上がりました。参加者10名でした。
〇井戸端倶楽部 共催:西山田地区福祉委員会
*日時:5月14日(木)13:30〜15:00
参加者:25名
スタッフ:15名
(ピアノ1名・トライアングル2名・ヒメボタル2名含)合計40名
午後1時30分〜 体操
午後1時40分〜ピアノ伴奏で「牧の朝」「おお牧場派はみどり」
「月見草の花」「高原列車は行く」
ハーモニカ伴奏で「みかんの花咲く丘」「鳴くな小鳩よ」を歌った。
午後2時〜お茶タイム
「吹田ヒメボタルの会」メンバーが紙芝居を使ってヒメボタルの
生態について説明された。
卵→サナギ→4回くらい脱皮を繰り返し→成虫(7ミリ〜9ミリ)となる。
その間、ずっと土中にいて成虫になり地面から出てきて1週間くらい
で一生を終える。食料は陸貝(カタツムリ等)、天敵はカエル、
トカゲ、クモ、ムカデ等。
メスは飛べない。オスは飛べるがメスを探し、下のほうを飛ぶ。
メスは飛べないので地域の固有種となる。
吹田市の天然記念物である。
成虫になると水滴だけで生き1週間くらいの命である。
発生時期は年により温度差で代わる。
毎回、同じ時間に、同じ範囲でカウンターで生息数をチェックしている。
今年は明日(5月15日)、公民館企画講座で「ヒメボタルの観察会」
が行われる事もあり質問が多かった。
今年はどの場所で多く見られるか?
足音は聞こえているのか?
暗いので明かりはどのくらい許容されるのか?等々
午後2時40分〜50分
再びお茶をいただきながら、熱中症予防のプリントで対策を学んだ。
*5月28日(木)13:30〜15:00
椅子に座ったままのストレッチ体操
ウクレレの伴奏で4曲
*井戸端倶楽部の歌
*浜辺の歌
*有楽町で逢いましょう
*雨の御堂筋
ハーモニカの伴奏で3曲
*ほたる
*めんこい小馬
*高原の駅よ、さようなら。
休憩の後はボッチャ。
井戸端杯ボッチャ大会開幕です。
赤チームと青チームに分かれて、ゲーム開始しました。
最初に白のボールを投げて、そのボールにより近づくように投げた
チームに点数が入ります。
1回戦は3-0で青チームの勝利。
2回戦は2-2で同点。
両チームとも白のボールにピッタリと寄せて、回を追うごとに
皆さん、上手になり接戦で盛り上がりました。
ミラクルショット連発でした。同点で延長戦の結果、2回戦は
最終的に3-2で青チームの勝利でした。
決勝戦は1、2回戦の勝者同士のまさかの青チーム対決になりました。
味方が敵になり(笑)白熱した戦いになりました。
決勝戦は3-1で、どちらかの青が勝ちました
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〇ヒメボタルの観察会
5月15日(金)19:00〜21:00
今年もホタルを楽しむ時期になりました。
子供連れの方もたくさん参加されました。
最初に、吹田ヒメボタルの会の原さんから
「ヒメボタルを10倍楽しく観察するための基礎知識 初級編」
と題して、プロジェクターを使っての説明を聞きました。
★世界には約2000種類、日本には約50種類のホタルが生息している。
★ゲンジボタル、ヘイケボタル、ヒメボタルの見分け方
★ヒメボタルの特徴
★ヒメボタルの一生
★ヒメボタルの活動保護
★2011年には「ヒメボタルの生息地とそのヒメボタル」が
吹田市の天然記念物に指定された
★発光数の状況やたくさんの発光が観られる時間帯
★調査を始めて25年が経って見えてきた問題点 など
その後は、ヒメボタルのヒメちゃんとヤマちゃんが登場する紙芝居、
ペープサートを使った、ホタル保護のために「してはいけない5つの
約束」 鑑賞した後、8時頃からみんなで緑に向かいました。
まだ時間が少し早かったのでそれほどたくさん飛んでなかったけれ
ど、所々に光を見つけては子供達の小さな歓声があがったり、
大人になって初めて観た、と感激されてた若い方もおられました。
高町池の辺りで解散となりました。
原さんをはじめヒメボタルを守る会の方々のおかげでホタルの数も
増えているようです。
地域のみんなでこの環境を守って後世に引き継いでいきたいものです。
参加者49名でした。
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○英語を楽しみましょう
5月16日(土)講師:アイザック マクマナスさん
[初級クラス10:00〜10:50 参加者21名]
先生のお子さまがご誕生とのお知らせ
お祝いムードの中、始まりました
@続柄にまつわる単語を勉強しました
〈例〉
PABLO'S FAMILYの場合
PABLO(主)→wife(妻)
↓ →sister-in-low(義理姉妹)
father(父)ーmother(母)→aunt(叔母)
↓ ↓
uncle(叔父)→cousin(いとこ)
A所有格の勉強をしました
ゲーム→各々のペンケースを使って、
「これは〇〇?誰々?のペンケースです」
というフレーズを順番に言っていきました
〈例〉This is 〇〇's pencil case.
B所有格の使い分けについても勉強しました
〈例〉
●単数→This is my brother.
My brother's car is red.(名詞の後に's)
●固有名詞がsで終わる場合
→We went to James' house yesterday.James is my friend.
(名詞の最後に')書きかえ練習もしました
〈例〉
パターン1
●Kathy is (Dave's ←Dave)aunt.
●Rex is (Noah and Pat's←Noah and Pat)dog.
*複数形になるため最後に's
●Felix is (the children's←the children)cat.
*sで終わらない複数形は最後に's
パターン2
●The daughter of Kevin
→Kevin's daughter
●The cat of Sam and Ayshah
→Sam and Ayshah's cat
[上級クラス11:10〜12:00 参加者14名]
@上級クラスでも所有格の勉強をしました
A最近になって辞書に載っている
新しい英単語を教えてもらいました
〈例〉
●doom(破滅・暗い未来)scrolling
→悪いニュースをオンラインで読みすぎること
●touch grass(草に触れろ)→外に出て、
現実の世界に触れること
●jelly(jealousのスペルを崩した形)
→嫉妬している
●tradwife(伝統的なとwifeを
組み合わせた言葉)
→結婚生活の中で家事を担う役割を現代でも
選ぶことも、女性の権利であると信じている
女性の総称
B上記の言葉を使って会話しました
〈例〉
●質問→Do you ever doomscroll?
When do you usually do it?
(doomscrollすることがありますか?
普段どんな時にしますか?)
●質問→When do you feel like you need
to touch grass?
(どんな時にtouch grassしたいと
感じますか?)
C最近の自分の生活について話しました
〈例〉
Recently,I started _____.
Recently,I bought _____.
初級クラスには新しく2人の生徒さんが
増え益々賑やかなクラスに
上級クラスは皆さん安定に流暢に英語を
話されています
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〇考古学からみる「吹田の歴史」第2回
5月17日(日)14:00〜16:00(於:吹田市立博物館)
講師:竹原千佳誉さん(吹田市博物館学芸員)
第2回目の講座は博物館現地集合で、
はじめに「都造りを支えた吹田の瓦生産について」話を聞きました。
日本の街並みではなじみ深い瓦ですが、今から約1400年前に中国から
朝鮮半島を経て瓦作りの技術が伝えられました
⇒飛鳥寺:日本最古の仏教寺院(596年)
当初は寺院建築に使われていた瓦ですがやがて宮殿にも使われるよう
になります
⇒藤原宮(694年)・難波の宮(726年)
吹田の岸部地域には七尾瓦窯遺跡(8世紀前半)と吉志部瓦窯遺跡
(8世紀後半〜9世紀初頭)がありますが、これらは宮殿の造営に
使われた瓦を生産する官営窯であったと考えられます。
・七尾窯:登窯6基
窯に瓦を詰めて焼かれないままの状態のものも見つかる
平窯1基
大溝(粘土精製用)
掘立柱建物
蓮華文軒丸瓦、唐草文軒平瓦他が出土⇒難波宮に供給
・吉志部窯:平窯15基
登窯4基(緑釉瓦用)釉掛け瓦では最古
掘立柱建物跡、瓦成形用ロクロ台跡、粘土採掘跡
蓮華文軒丸瓦、唐草文軒平瓦などが出土⇒平安京に供給
前時代から須恵器の一大生産地として良質の粘土があった吹田地域は
神崎川や淀川を利用した舟運もあり、瓦の生産地として選ばれたと
考えられます。
瓦の話を聞いた後、展示室に移動して修復された窯を見学しました。
窯の構造や瓦を詰め焼成する様子がよくわかりました。
また、博物館のバックヤードも案内してもらい、修復を待っている
出土物の山や収蔵庫の中で所狭しと保管されている農具や民具、
ニュータウンが出来た頃に使われていたと思われる家電や住宅設備
などを興味深く見ることが出来ました。
その後、紫金山公園内に残る窯跡を見に行きました。
と言っても現状は草木が茂り、石積みの案内がなければ気づかれない
ような所ですが、館内でレプリカを見ていたので、現場で窯詰めを
して火を焚いている様子がイメージでき、ひと味ちがう散策に
なりました。
参加者18名
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〇第347回 クラッシック・セミナー「土曜の午後の名曲喫茶」
5月23日(土)14:00〜16:30
「モーツアルトの協奏曲に乾杯」
講師 高橋一秀先生 由井さん 参加30名
今回はモーツアルトの協奏曲4曲について勉強しました。
T ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216
U フルート協奏曲 第2番 二長調 K.314
V ピアノ協奏曲 第20番 二短調 K.466
W クラリネット協奏曲 イ長調 K.622
さすがモーツァルトという感じで春の日差し、春の風と先生が
おっしゃるように心地いい気持ちになりました。
個人的にはフルート協奏曲が素晴らしく心地よく思わず落ちそうに
なりました。
他の方もうとうとされている方もおられてモーツァルトの曲の力を
感じました。才子短命で35歳という若さで死去したモーツァルト
ですがたくさんの名曲を残していてクラリネット協奏曲は亡くなる
2か月前に作曲したそうです。235年前に作られた曲と思えない
くらいの輝いた曲ばかりでした。
次回は6月27日「ブリテン没後50年を記念して」
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〇てくてく「手塚治虫記念館」
5月 29日(金)13:00〜16:00現地解散
参加者16名
モノレール山田駅に13:00に集合し蛍池で阪急宝塚線に乗り換え
終点の宝塚駅まで移動、
10分ほど歩いて宝塚市立「手塚治虫記念館」に行きました。
片道約1時間の行程です。
当日はよく晴れ、風が心地よく爽やかな気持ちのよい一日でした。
手塚治虫記念館は、手塚治虫が唱え続けてきた 「自然への愛」
「生命の尊さ」などをテーマに、青少年の夢と希望を未来へ広げて
いく施設として、兵庫県宝塚市に設立されました。
館内では、手塚マンガの1 ページを再現した空間の中で、手塚治虫の
ゆかりの品や数々の作品を見て、実際に作品をつくる体験などが
できます。
記念館オリジナルの手塚治虫記念館アプリをダウンロードすれば、
音声ガイドや館内の謎解きゲームなども楽しめ、すべての謎が
解けると記念品がいただけます。謎解きはひとりでは見逃してしまう
ような館内の隅々にあるキャラクターを探す手助けにもなりました。
記念館にはアトムビジョンと名付けられたミニシアターが併設されて
おり、月替わりで、手塚治虫記念館のオリジナルムービー3作品と
実験アニメーションが上映されています。15分から30分ほどの短い
作品でもあり気軽に見ることができました。
時間がとれない場合でも、天井の手塚作品のキャラクターなど
見学箇所としてもおすすめです。
最上階には、古い手塚アニメ、実験動画などの動画アーカイブを
楽しめたり、手塚漫画を楽しめたりするコーナーもあります。
手塚漫画のコーナーは、日本語版はもちろんのこと、外国版も収蔵
されており、点字のものもありました(残念ながら内容はわかり
ませんでした)。
この他にもアニメーション作成の体験ができるコーナーまでありました。
いろいろな作品に世相に左右されることのない不変的なテーマが
散りばめられており、今読み返したり見返したりしても十分に
楽しめ、もう一度じっくり読み返したくなりました。
また、特別展も途切れることなく開催されているようで、当日は
「わたせせいぞうの世界展」も開催していました。
わたせせいぞうが神戸出身だということもあり、宝塚だけでなく
神戸にちなんだイラストや代表作「ハートカクテル」などが展示
されており、こちらも盛況でした。
記念館と宝塚駅との間には宝塚歌劇団の大劇場や宝塚ホテルが
あり、帰りは幸運なことに大劇場の公演の終幕時間と重なったので
劇場のロビー見学もできました。宝塚ホテルのロビーにも歌劇団の
衣装などを無料で見学できるコーナーがあり、歌劇団ファンの方も
楽しめるエリアでした。
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〇日本語教室「西山田あいうえお」
水曜コース:5月13・20・27日(10:30〜12:00)
土曜コース:5月9・16・23・30日(14:00〜15:30)
まだ5月だというのに夏日が続いたかと思うと、連日の雨。
梅雨のはしりでしょうか。
学習者さんは最近入室された方から5年以上になる方までいろんな方
がいらっしゃいます。
そうして、かな文字を正しく発音する、会話ができる。
また漢字を覚える、小説を楽しむなど、それぞれの課題や目標に
向かって皆さん頑張っています。
90分があっという間です。
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〇春の文化祭・発表の部
5月24日(日)13:00〜16:00
公民館の自主グループさん「箏、ハンドベル、紙芝居、朗読、
フランス語、3B体操、ウクレレ演奏、コーラス」の全14グループさん
が日頃の成果を発表してくださいました。
のべ200名ほどの方が参加、鑑賞してくださいました。
開会のあいさつで「ハッピーを広げていく公民館」「ハッピーを
お届けする公民館」ができるように…その言葉通りに出演する人、
鑑賞する人みんながハッピー楽しそうにしていました。
幸せそうな、あたたかい平和な気が流れていたように感じます。
みんなが明るく元気にハッピーに笑顔で暮らせるように、公民館の
場所を活用してくれていました。
これからも元気を生み出し、ハッピーをお届けできるように…
また来年、お待ちしています。
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〇漢字から読み解く萬葉集 第39回
21名参加
講師:中西博史さん(漢検漢字教育サポーター)
第13弾の最終回です。挽歌3首を選んで戴きました。
加麻白番夜能 美保乃浦廻之 白管仕 見十方不怜 無人念者
かざはやの みほのうらみの/しらつつじ みれどもさぶし/なきひとおもへば
美保の浦辺の白つつじ。見ても心は寂しい、死んだ人を思うと。
河邊宮人(卷3、434)卷3の挽歌の部に所収。川辺宮に仕えている
作者が、紀伊国の三穂の浜辺に立って白つつじを見ながらそこで
入水自殺したという女性のことを偲んでいる歌。
三穂は強い風の吹く裏で、そこに咲白いつつじの花も風にそよいで
いる。白い肌の乙女が泡立つ波に髪をゆらゆらと靡かせながら岸辺に
揺蕩う姿を、そのつつじに重ね合わせて作者は想像し、そして心寂し
いと言っている。
この歌は4首からなる最初の1首だが、2首目は題詞との関係が
分りにくく、3・4首目に至っては挽歌ではなく相聞(恋)歌である。
題詞 和銅4年辛亥、川邊宮人、姫島の松原に美人の屍を見て、
かなしびて作る歌4首
@風速の 美保の浦廻の 白つつじ 見れどもさぶし 亡き人思へば (本歌)
Aみつみつし 久米の若子が い觸れけむ 磯の草根の 枯れまく惜しも(435)
B人言の 繁きこのころ 玉ならば 手に巻き持ちて 戀ひずあらましを(436)
C妹もわれも 清の河の 河岸の 妹が悔ゆべき 心は持たじ(437)
左注 右は案ふるに、年紀?に所處また娘子の屍と歌を作る人の
名と、已に上に見えたり、但し、歌の辭(ことば)相違ひ、是非別き難し。
因りてこの次に累して載す。
卷2の挽歌の中に川邊宮人が摂津国の姫島で水死したと伝えられる
若く美しい女性の面影を想像して作った歌がある。
卷3の4首は題詞のみが残り、これにどこかから4首を借りて来て
構成したのではないかと考えられている。
卷3の編集時に混乱があったようで左注はそのことを言っている。
因みに卷3の編集者は大伴家持で、若い頃は間違いが多かった様。
家有者 妹之手將纏 草枕 客尓臥有 此旅人?可怜
いへにあらば いもがてまかむ/くさまくら たびにこやせる/このたびとあはれ
家にいれば妻の手を枕にするだろうに、旅先で横たわっておられる
この旅人よ、ああ
聖徳太子(巻3、415)卷3の「挽歌の部」の冒頭に置かれた
「行路死人(行き倒れ)歌」
題詞に推古天皇の代に聖徳太子が斑鳩から竹原井の離宮に行く途中
で、龍田山で行き倒れている人を見て悲しんで作った歌と書かれて
いる。この話は「日本書紀」にも見える。
推古天皇21年12月1日に聖徳太子が片岡に遊行したときに、飢えた
旅人が道の傍らに臥していた。飲食物を与え、さらに自らの衣服を
脱いで与えてから詠った。
しなてる 片岡山に 飯に飢て 臥せる その旅人あはれ 親無しに
汝生りけめや さす竹の 君はや無き 飯に飢て 臥せる
その旅人あはれ
翌日に太子は遣いの者に安否を確かめさせ、「もう亡くなっていた」と
聞くとたいそう悲しんでそこに墓を作って葬った。
数日後、太子は「先日道に臥していた飢者は凡人ではない、間違い
なく真人(ひじり)である」と言って使いの者に様子を見に行かせた
ところ、墓には亡骸がなく、ただ衣服だけが畳まれて棺の上に置かれ
てあった。太子はその衣服を常の如く着て日々を送った。
時の人はこれを不思議に思い『聖を聖が知るというのは本当の話だ』
と、ますます太子の徳に敬意を払ったという逸話がある。
萬葉と紀では土地も時代も異なるので、萬葉集の歌は奈良時代以降に
作られた仮託(太子の名を借りた)歌ではないかと言われている。
聖徳太子の時代の年表と系図をもとに歴史と係争のお話と
「辛酉革命説」長寿の天皇の誕生秘話がありました。
樂浪之 志我津子等何 罷道之 川瀬道 見者不怜毛
ささなみの しがつのこらが/まかりぢの かはせのみちを/みればさぶしも
楽浪の志賀の津の乙女の死出の旅路である川瀬に沿った道を見ると
淋しいことであるよ。
柿本人麿(巻2、218)「挽歌」の部に長歌一首、短歌二首が
一歌群として載せられている。
題詞 吉備の津の采女の死りし時、柿本朝臣人麿の作る歌一首
短歌を并せたり
長歌
秋山の したへる妹 なよ竹の とをよる子らは いかさまに
思ひ居れか たく縄の 長き命を 露こそば 朝に置きて
夕には 消ゆと言へ 霧こそば 夕に立ちて 朝には
失すと言へ 梓弓 音聞く我も おほに見し こと悔しきを
敷たくの 手枕まきて 劔刀 身に副へ寢けむ 若草の
その夫の子は さぶしみか 思ひて寢らむ 悔しみか
思ひ戀ふらむ 時ならず 過ぎにし子らが 朝露のごと 夕霧のごと
短歌
樂浪の 志賀津の子らが 罷り道の 川瀬の道を 見ればさぶしも(本歌)
天數ふ 大津の子が 逢ひし日に おほに見しくは 今ぞ悔しき
[訳]大津の乙女が姿を見せた日にぼんやりと見たことが今となって
は悔やまれる。
長歌では乙女のたぐい稀な容姿を称賛し、その乙女が夭逝したことを
悲しみ、他人である自分でさえこんなに悔しいのにその夫の心情は
如何ばかりかと強い同情を示している。
第一短歌で乙女の死は自ら入水死を遂げたものとわかる。
どんな理由か、おそらく人麿もその夫でさえも思い当たらいに違い
ない。乙女は自分一人の胸にそれを抱いたまま川沿いの道を早瀬に
向かってとぼとぼと歩んでいったのだろう。その乙女が歩いたで
あろう川辺に佇んで、人麿は寂しくてやりきれないと詠っている。
第二短歌で、人麿が生前に縁があって、その美貌で評判の乙女を
宮中かどこかで見たことがあったと思い当たる。だが興味本位で
ちらっと見ただけで、評判に違わぬ美人だとは思ったが、その所作、
立ち居振る舞いまでしっかり見ておくのだったと後悔する。
それで乙
女の死が避けられたはずでもないが、それでも…と歌人として
より人としての人麿の悲痛の念がほとばしる秀歌。
今回は中西先生曰く、「たまたま選んだ歌が挽歌でした」とのこと
ですが、歌人それぞれに立場や環境の違いや感受性、表現性の違いが
あれど、「秀でている」歌というのはいつの世代でも評価され残されて
いくものなのだなあと感じます。
…でも読み解き方は必ずしも今が正解と言えず、後世の研究によって
はどんな逆転があるのかもしれない。
まだまだ萬葉集は奥が深い「口承歌集」です。
第14弾が9月から始まりますが、その前に「今また、漢字が
面白い!」〜分ければ?がる色んな漢字〜が6月27日に開催されます。
初めての方もぜひ漢字に興味をもってご参加ください。
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